五大願

衆生無邊誓願度
しゅじょうむへんせいがんど
福智無邊誓願集
ふくちむへんせいがんしゅう
法門無邊誓願覺
ほうもんむへんせいがんがく
如来無邊誓願事
にょらいむへんせいがんじ
菩提無上誓願證
ぼだいむじょうせいがんしょう
和訳 ー出典ー真言宗諸経要集解説

 衆生無邊誓願度

生きとし生けるものの数は限りもありませんが、誓って救いとることを願います。
 福智無邊誓願集
福智と智慧とは限りもありませんが誓ってこの身に集め具えることを願います。
 法門無邊誓願覺
み仏の教えは限りもありませんが誓ってさとりを達成することを願います。
 如来無邊誓願事
み仏の数は限りもありませんが誓ってそのすべてに仕えることを願います。
 菩提無上誓願證
み仏のさとりは無上のものですが誓って実証体得することを願います。



2004年11月18日追加

「み仏」とはなんだろう?
如来無邊誓願事では「み仏」の数は無辺とある、真言宗の常用経典(朝に夕に葬儀に法事に称える)の理趣経は毘廬遮那如来が八十億の菩薩衆を相手に説いたと記されている、ヒンドゥー教の神シヴァも大自在天と名を変え登場している。理趣経以外の経典にもそれはそれは沢山のみ仏の参加者がいる。
理趣経に限らず真言宗にも限らず乱暴だが日本の仏教、日本列島には仏と神が混在としている。山川草木悉皆成仏と云う言葉、八百万の神と云う言葉。
しかし、「み仏」の出発原点の釈迦は・・・・
毘廬遮那如来よりも我が真言宗祖師空海よりも釈迦・ブッダの声を聞かなければ私は前に進めれられないかも、方便はつまるところ方便でしかない。

2003年早春にインターネットでホームページを思いつき、訳も分からず電気屋に走りeMacとAdobe GoLiveを買いヤフーでつなぐ四十過ぎの愚僧、悪戦苦闘なにがしたいのか...。
如何せん毎度どうにも出来ない事に気付きながらもそれでもディスプレー画面は磨きかじり付いていた。

ー運心師匠(伊藤氏)に出会うー

2004年早春、独学でコンテンツを積み重ね世界と会社(ちろりん村)を構築している友人(先輩)が引き合わしてくれたprogrammerの伊藤氏、この出会いは大きかった。四半世紀の年季と数々の戦歴の伊藤氏は千手観音の様に私の思いを具現化してくれる。

私はホームページは書き残しておくべき事を残すツールとしては人類が発明した最高のツールであると思っています。事実だけを書いておけば誰にも負けません。
ー中略ー
なんのためのホームページなのかを明確にすること。
個人が本当に主役の時代が来たのです。
権力を笠に着ての悪行非道の振る舞いは
許されなくなったのですよ。

この文は前での友人(ちろりん村社長)からhp開設の折に頂いたメールです。
まだまだ始まったばかりの事です、五大願を打ち立て精進と更新です。今後ともお暇有ればお立ち寄り下さい。



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